2017年07月01日 公開
2023年05月16日 更新
(以下、星野佳路氏談)
川治は、すぐ近くに鬼怒川温泉という超有名温泉地があるため、集客が難しい場所です。なぜ鬼怒川から一歩足を踏み入れて川治を訪れる必要があるのか、その理由を明確にしなければならないからです。鬼怒川に比べて知名度も低く、正直言って、私たちも運営を委託されるまで川治のことをよく知りませんでした。
施設の特徴をどのように打ち出していくのか。そこでたどり着いたテーマが「里山」でした。里山は、完全な自然でもなければ、都会でもなく、人が自然と調和して暮らしてきた場所です。そのため地域の文化が色濃く反映されていて、地域文化そのものが里山体験になり得ます。非常に発展性のあるテーマです。
この連載でも以前にお話したとおり、施設はオープンして終わりではなく、絶えず進化させていかなければなりません。その際、遠く離れた本社が主導して、「この施設ではこんな魅力を発信しよう」とコントロールしようとしても無理ですから、現地スタッフが進化させやすいテーマを設定することが大切です。この「現地発の進化」こそが、本部主導でコントロールする西洋ホテルチェーンとは違って、私たちのような日本旅館ネットワークでは重要です。現地発でそれぞれに進化するからこそ、お客様がわざわざその地まで足を運んでくださるのです。
現地発の進化を担っているのが、吉田さんのように、地域にこだわりを持ち、問題意識を持ちながら仕事に取り組んでいるスタッフです。単に旅館内のサービス業務に携わるだけでなく、周りの環境を気に入って、地域の人たちと接点を持ちながら、地域の魅力をどんどん掘り起こしています。地域文化を学ぶことが旅館のサービスの進化に結びついていく、理想的なパターンです。
吉田さんは通常、接客、チェックインとチェックアウト、ハウスキーピング、ダイニングルームでのサービスなど、サービス業務をすべて担っています。そういうサービスチームの一員が、地域の魅力を発信していることがすごく大事だと思いますね。サービス業務を担うスタッフを、労働力としてではなく、サービスのクリエイターとして私たちは見ている。このような働き方は、まさに私たちが奨励している働き方です。そこにも西洋ホテルとの違いがあると思います。
最近の新卒採用者には、地方創生や環境問題、日本経済、地方分権などのテーマを学生時代に学び、そこに意義を感じて観光業界に飛び込んでくる人が多くいます。
この世代の人たちは、小学生の頃から環境問題、少子化問題、衰退する地方経済の問題について教えられてきて、私たちの世代よりもはるかに社会への問題意識が高い。旅行で地方を訪れても、私たちがスキーやキャンプを楽しむ一方で、今の若い人たちの視点は違っていて、貴重な自然を残すことが大事だとか、人口減少が進むとこの村はどうなるんだろう、という目で見ています。社会的課題に対して観光は何ができるのかを真剣に考え、観光という仕事に意義を感じて入社してきてくれる人が増えています。
吉田さんもまさにその一人です。もともと里山に興味があり、里山の魅力を伝えたいと思っていたことからも、「界 川治」は彼女に相応しい場所ではないでしょうか。
「なぜこんな田舎で働かなくてはならないのか」と思う人には、その土地の魅力を発掘することは難しいはずです。彼女の場合は、自分がその土地を好きだから、もっと知りたいと思うし、ゲストにも魅力的に伝えることができると言えます。
《『THE21』2017年6月号より》
更新:11月22日 00:05