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星野リゾートの現場力(9)リゾナーレ熱海の「森の空中基地くすくす」

2017年02月12日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点――現場発のアイデアは一見ムダでも試してみる

(以下、星野佳路氏談)

「今日は定時で帰ります」と最初に企画会議で聞いたとき、自分たちが定時で帰りたいと主張しているのかと、少しドキリとしました(笑)。

首都圏から近い熱海だからこそ実現できる企画であり、ネーミングもとてもわかりやすい。こういう発想は現場スタッフならではのものだと思います。もちろん、栗原さん自身、ターゲットである同年代の女性たちが求めることを理解しやすいということもあるでしょうが、顧客の声を常に聞いている現場スタッフだからこそ発想できることも多いと思います。

私のように顧客から遠く離れた人間が考えても、いいアイデアは浮かびませんが、現場スタッフが課題を持ちながら接客すると、顧客との接点から刺激やヒントをもらうことができるのです。それは、我々のようなサービス業では大事なことです。

また、スタッフが自由に発想し、提案できる環境であることも、組織のあり方としては重要です。特に若い人たちが発想するアイデアには、私たちの世代の感覚からすると「違うんじゃないか」と思うものもあります。しかし、やってみると意外に顧客に好評であることが多い。一見するとムダに思えるアイデアも、試してみる価値はあるということです。ですから私自身、自分の主観的な判断には頼らないようにしています。私たちが進化し続けていくためには、世代もバックグラウンドも異なる人たちが、自由に意見を言える環境を整えることが不可欠だと感じています。

自由に発想できる環境にこだわる最大の理由は、それが仕事を楽しくするからです。この連載で何度も触れてきましたが、栗原さんのような優秀なスタッフに、地方で長く仕事をしてもらうためには、仕事が楽しくなければなりません。たとえ未熟なアイデアを採用して失敗したとしても、挑戦し続けることでいつか成功し、それが仕事のやりがいや楽しさ、自信につながります。楽しい仕事を通して優秀なスタッフが定着することを、私たちは重要視しています。

 

ファミリー層を狙う本当の理由とは?

リゾナーレ熱海は、熱海のイメージを変えたと思っています。というのも、かつて熱海と言えば「男性の温泉場」のイメージで、それが今の旅行市場を牽引する女性客を遠ざけてしまい、集客を落としていました。

一方で、熱海は全国有数の温泉場であり、首都圏から近く、新幹線でも車でも行きやすい。ファミリー向け観光地として絶好の条件がそろっています。私たちは元旅館だったこの施設の再生を請け負うにあたり、「大人のためのファミリーリゾート」をコンセプトに掲げる「リゾナーレ」ブランドで勝負すると決め、 子供連れ家族をターゲットに集客を増やしてきました。

今、課題として取り組んでいるのは、ファミリー層以外の集客です。女性グループや年配のご夫婦にも、もっと熱海を訪れていただきたい。そのための施策として、栗原さんが企画した女子会プランが功を奏した形です。
熱海全体で見ても、客層が従来の団体客からファミリーへとシフトしているのを感じます。競合の大型施設が、私たちの成功を見てファミリー向けの改装プランを発表し、市もそれに呼応する形で、花火大会を年間通じて行うなどファミリー向けの観光施策を強化しています。

熱海がファミリー層の集客に力を入れるのは、家族旅行で熱海を訪れた子供は、10年後や20年後にカップルになって戻ってくるからです。一時期集客が落ち込んだ熱海を復活させるカギは、ファミリー層にある。その道筋を示したのは、リゾナーレ熱海のスタッフたちだったと思いますね。

 

《『THE21』2017年11月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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