2013年07月31日 公開
2023年05月16日 更新
「頭の切れる人」とはどういう人のことを指すのか。メディアでも活躍する弁護士の谷原誠氏が考える頭の切れる人とは、1つには「思考のスピードが速い人」。もう1つは「誰も思いつかないような視点で発言できる人」だという。
とくに後者について谷原氏はこう言う。「この人たちに共通するのは、物事を多面的に見る力。弁護士という仕事をしていれば、否応なくこの力が身につきます」。いったいどういうことなのか。またどうすれば身につくのだろうか。(取材構成:前田はるみ/写真:まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2013年8月号の内容を、一部抜粋・編集したものです。
「弁護士に求められるのは、依頼者を裁判で勝たせることです。勝つためには、裁判官に『こちら側に分がある』と判断してもらう必要があります。
そのために弁護士が考えるべきことはいろいろありますが、ここで1つ例を挙げると、自分たちの主張を裏づける証拠をどのように解釈し、提示するのか。
これは裁判の勝敗を左右する大きな要素です。
この証拠を検証するときにも、多面的な物の見方が大切です。私の場合、3つの視点から証拠を検証します。
まず、自分に有利に使うためにはどうすればいいのか。裁判に勝つためには誰でも考えることでしょう。
2つ目に、相手がこの証拠を見たときにどう解釈するだろうかということ。相手の目線で見るのは、自分の弱みを見つけ、相手に足元をすくわれないための防御策を考えるためです。
そして大切なのは3つ目、真っ白な気持ちで見ることです。偏見をなくし、ニュートラルな状態で『この証拠はどういう意味があるのだろう』と考えてみる。
そうすることで、自分の立場でも相手の立場でも見つけられなかった、新たな発見や、より良い作戦が浮かび上がってくるかもしれません」
物事を多面的に見る力は、弁護士という仕事において養われたものだというが、実際にどのようにして身につけていったのだろうか。
「たとえば、これは新人の頃に多かったのですが、依頼者の話だけで物事を判断して、裁判を闘おうとすると、相手側から思いもよらない主張が出てくることがありました。そうすると、自分が窮地に立たされるわけです。
法廷では『なぜそのことに気づかなかったのだろう!』『最初から考えておけばよかった』などと反省している余裕はありませんから、その時点でのベストな方向転換に全力を注ぎます。そして帰ってから、失敗の原因をじっくりと分析し、どうすれば気づけたのかを考えました。
すると、よく考えずに思い込みで判断したことが原因だったりします。そうであれば、次からは先入観を持たずに物事を見るようにしよう、と意識するようになります。
あるいは、急いでいたために重要な情報を読み飛ばしてしまったのなら、書面は時間をかけて丁寧に目を通す必要があるな、と気をつけるようになります。
そうやって、いわば『気づきのための気づき』を増やしていったのです。短絡的に考えることは、法廷では失敗や敗訴につながります。失敗を繰り返さないためにはどうすればいいかを日々考えることが、多面的に物事を見る訓練になっていたと言えます」
『気づきのための気づき』はどうすれば得られるのだろうか。
「私は、気づいたことをメモすることはありません。なぜなら、失敗した自分がとても悔しいので、悔しい気持ちと、失敗を克服するためにすべきことがセットになって、記憶に残るからです。しかし、周りを見ると、メモする人が多いですね。
記憶に残るのも、普段から必死に考えるのも、裁判に絶対に負けたくないという強い気持ちがあるからです。そうでなければ悔しさも感じませんし、どうすれば勝てるかを必死に考えることもないでしょう。
仕事にどれだけ真剣に向き合っているか。考えるという行為の源はそこにあるように思います」
弁護士業のかたわら、テレビ番組のコメンテーターや、ビジネス書の著者としても活躍する谷原氏。人によっては、抱えている仕事が多いと、1つの仕事をやりながら別の仕事のことが気になり、仕事に集中して取り組めないという人もいるだろう。いわゆる雑念にとらわれてしまうのだ。
谷原氏はどのようにして雑念をコントロールしているのだろうか。
「私はあまり雑念を抱かないほうです。なぜなら、やるべきことを片っ端から片づけていくので、「あれをやらなきゃ』と考える必要がないのです。
どうしても悩みに気を取られ、目の前の仕事に集中できないのなら、いったん悩みに真正面から向き合うのも1つの方法です。そこで一応の結論を出して、仕事に戻ってくればいいでしょう。
それでもまだ悩んでいるなら、気になることのプラス面とマイナス面を書き出すことをお勧めします。
雑念とは、忘れたくないために頭のなかにくすぶっているもののことですから、もしそれがあるなら、紙に書き出して、忘れてしまいましょう。そうすれば、脳みそをわずらわせる必要もありません」
中には、自分だけでは片づけられない悩みもある。たとえば、部下との人間関係に悩んでいるような場合である。そのようなときも、プロセスを区切って、1つずつ対処していくことで、頭から雑念を追い払うことかできるという。
「今すぐに人間関係を改善することはできなくても、それに向けて起こせる行動はあるはずです。たとえば部下にひと言言葉をかけて、その反応によって次の対応を考える、ということならすぐにできそうです。
やっかいな問題が目の前にあるとき、解決までのプロセスをいくつかに分けて、今やるべきことを特定します。まずはそれを片づけて、残りは別の機会にやればいい。そうすれば、今の段階で心をわずらわせるものは消えるでしょう」
ビジネスマンが何かを考えるとき、目の前の仕事について考えるという人は多い。それも大事だが、「将来のために今すべきことを考えることも大切だ」と谷原氏は話す。
将来について考えるとき、谷原氏が意識していることがある。自分と同じ業界は参考にしない、ということである。なぜなら、すでに誰かがやったことを真似ても、変化の激しい今の時代は、成功できないからだ。
「着目すべきなのは、他業界での成功事例です。たとえばコンビニ、ホテル、企業でいえばアマゾンなど。成功している彼らには、何らかの成功の要因があるはずです。それを考えて、自分の業界に取り込めないかどうかを探ってみることです。
ホテルの接客のホスピタリティは、客商売である我々弁護士にも学ぶべきところがありそうです。コンビニが提供する利便性をヒントにすれば、24時間オープンしているコンビニ法律事務所なども考えられます。
このような法律事務所があれば、昼は勤めに出て、夜しか時間が取れないという人にとっては便利でしょうね。
あるいは、『アスクル』にヒントを得て、質問を受けたら翌日までに回答する法律事務所などもいいかもしれません。いまは弁護士の教が増えていますから、弁護士にとっては大変な時代です。
皆、戦々恐々とするなか、いかに他の業界からの成功事例を取り込めるかは、生き残りのチャンスに、なるかもしれません」
異業種での成功事例を見つけたら、あとは自分の業界に応用できるかを見極めればいいというわけだ。
「フォード社がいい例です。昔、自動車業界では、静止した状態で置かれた自動車の周りを作業員が取り囲み、組み立てる方法が一般的でした。
あるとき、創業者のヘンリー・フォードが食肉工場を見学に訪れた際、食肉がベルトコンベアで室内を移動しているのを目撃したのです。
自動車を大量生産できる仕組みをずっと考えていた彼は、そこでひらめいたといいます。食肉工場の肉のように、車ごとベルトコンベアに載せて工場内を移動させればいいのではないかと。
ライン生産を導入した結果、作業員はライン上を次々と運ばれてくる自動車の一部分を組み立てればいいということになり、作業効率が飛擢的にアップしました。大量生産が実現したというわけです」
この例からわかるのは、ヒントは世の中の至るところに転がっているということである。思考するにあたっては、愚直に考え続けることが大切だと谷原氏はいう。
「よい結論にたどり着くための基本は、なるべく多くの時間を使い、思考の幅を広げて考えてみることです。途中で考えるのをあきらめてしまえば、それらに到達できないのは当然のことです。
思考のスピードが遅くても、気に病むことはありません。多面的に物事を考え続けていれば、よい結論にたどり着く確率も高まっていくはずです」
〔1〕目的とニーズを明確にする
弁護士が依頼案件を解決するとき、まず考えることは、自分に求められているのは何か。つまり、依頼者のニーズを探り、最終的にどのような解決に導くのがよいのかを明確にすることから始めるのである。到達すべき結論を設定したら、結論から逆算して闘い方を構築していく。
〔2〕複数の目線から考える
物事を一方だけから見ていると、裁判では相手からの思わぬ攻撃に遭い、窮地に立たされることがある。弁護士が証拠を検証するときに必要な目線は、(1)自分に有利に使うにはどうするか、(2)相手がこの証拠をどう解釈するか、(3)真っ白な気持ちで見た場合、この証拠にはどんな意味があるか。物事を多面的に見て初めて、成功に近づくことができる。
〔3〕異業種を参考にする
自分と同じ業界を参考にしても、誰かの二番煎じになってしまう。参考にするなら、異業種の成功事例に目を向けるべき。そこには成功の要因が必ずあるはずだから、それを見つけて、自分の業界にどう取り込めるかを考えてみると良い。
ホテル業界のホスピタリティ、コンビニ業界の利便性などは、他業種にもヒントにしやすい要素だろう。
更新:11月23日 00:05