
見えているデータだけでは気づけない「生存者バイアス」
※本稿は、堀場英雄 著『一流の頭脳だけが解ける33問 コンサル思考1分間トレーニング』(Gakken)の内容を一部抜粋・編集したものです。
シェア用電動キックボードの運営会社で、データ分析を担当するA君。
車体の破損・紛失の問題解決のために、街から回収された「故障車体」を集めて分析した結果、大半の車体において、「ハンドルやブレーキ」が激しく破損していました。
一方で、車体の位置情報を発信する「GPSモジュール」が壊れている車体は、ただの1台もありませんでした。
これを見たA君は、こう結論づけました。
「データは嘘をつかない。GPS周りの設計は完璧だ。次世代モデルは、破損データが最も多いハンドル周りの補強に予算を割こう」
しかし、A君のこの分析には、「致命的な見落とし」があります。それは何でしょうか?
この分析には、たったひとつ、しかし致命的な見落としがあります。それは、「目の前のデータが、何を映していないか」というチェックが漏れていること。
A君が見ているのは、「修理センターに帰ってきた車両」だけです。では──帰ってこなかった車両は、どこへ行ったのでしょうか?
答えは、「GPSが壊れた車体は紛失して、そもそも回収車体に含まれないから」でした。シェアサービスにおいて、修理センターに回収されるための絶対条件は、「GPSが生きていて、場所が特定できること」です。GPSが壊れた瞬間、その車体は街のどこかで野ざらしになり、永遠に、観察対象から消えてしまいます。
つまり、A君が「故障車体の全量」だと思って分析している山は、正確には、「激しいクラッシュをしても、奇跡的にGPSだけは生き残って、回収してもらえた『生還者』」の山なのです。GPSが致命的に破損した車体──本当に補強すべき対象──は、データの外で沈黙しています。
「データは嘘をつかない」とA君は言いました。確かに、データは嘘をつきません。けれども、データは、自分が「何を含んでいないか」を教えてはくれない。これが、今回、A君が見落としていた点でした。
この抽出(sampling)の罠の、有名な逸話となっているのが、1940年代、第二次世界大戦中のアメリカ軍で起きたことです。
陸軍航空隊と海軍は、戦闘から帰還するB-17爆撃機の損傷データを集め、コロンビア大学の統計研究グループに分析を依頼します。問いはシンプル。「機体のどこを装甲補強すれば、撃墜される機を減らせるか?」
集まったデータでは、機体の翼と胴体に、弾痕が集中していました。誰もが「では翼と胴体を補強しよう」と考える中、ハンガリー出身の数学者エイブラハム・ウォルドだけが、逆の答えを出します。
「補強すべきは、弾痕のない部分──エンジンと操縦席だ」
理由は明快でした。翼と胴体に弾痕がある機体が帰ってきたということは、そこに弾を受けても帰還できるということ。逆に、エンジンや操縦席に弾を受けた機は──帰ってこなかった。つまり、データに現れていないだけだ、と。
ウォルドの提言は採用され、爆撃機の生存率は劇的に改善。この洞察は後に「生存者バイアス」と呼ばれ、軍事設計に影響を与え続けました。

ウォルドの軍機装甲は古典ですが、私たちの日常にも、生存者バイアスがあふれています。4つの事例を見てみましょう。
Xを開けば、「TOEIC900点取りました」「うちの子、小4で英検準1級です」というポストが流れてきます。眺めているうちに、「うちの子は...」と落ち込む。けれど、よく考えてください。TOEIC400点や英検3級の人は、わざわざポストするでしょうか?
SNSのタイムラインは、「成功した人だけが投稿する場」です。「自分の周りはみんなTOEIC900点」と感じた瞬間、あなたは、GPSが生き残った車体だけを見ています。頭ではわかっていても、気づかない間に影響を受けてしまう。
日本の15歳時点の数学力は、PISA2022で世界トップクラス(OECD加盟国中トップ)。にもかかわらず、「数学を実生活で使える自信がある」と答える生徒はわずか30%、世界74位という驚きの低さです。世界最高水準の実力を持ちながら、自信は世界最低水準。
これも、認知がサンプルの歪みを受けている例です。日本の子どもたちは、クラス全体(世界全体)ではなく、「クラスの中の上位3人」の中だけで、自分を比べてしまっているのです。
中学受験で名門校に合格した瞬間、受験で勝利したはずのその子は、突然「成績下位」と呼ばれることがあります。実に半分の子が、成績下位になる。進学校に入った瞬間、母集団がトップ層だけに置き換わるからです。
本当は日本トップレベルの学力を持つ子が、「深海魚」と呼ばれて自己肯定感を下げる──このサンプルの歪みによる不幸のサイクルが、毎年、全国の進学校で繰り返されているかもしれません。
ここで、少し私の話をさせてください。BCGで働いていたときのこと。必死にがんばっていたのに、周囲の優秀な同僚たちに圧倒されてしまい、成績が低空飛行気味だったことがありました。「自分はダメな人間だ。人生終わった...」ぐらいの気持ちで落ち込み、周りのすすめもあって、社内の臨床心理士に相談に行ったときのことです。初回の面談で、その心理士は私を励ますように、こう言いました。
「あなたさ、いま自分の人生終わったぐらいに思ってるでしょ?でもさ、ここBCGは、世界の中でもトップのコンサル企業なの。世間のレベルとは大きく違っているからね」あのときの私は、トップオーバーのBCGのサンプルだけを見て、それが母集団(すべての人間)だと思い込み、自分を測っていました。その中で落ちこぼれだから自分はダメだ、と。
中学受験をがんばっていて、いま「深海魚」と呼ばれて苦しんでいる読者のお子さんがいたら、私と同じ苦しみにとらわれないように、伝えたいことがあります。中学受験をやりきった君たちは、本当にすごい。周りのサンプルが偏っているだけで、トップの中で激戦を繰り広げたのです。受かっても受からなくても、「努力する」ということが、すでにできている、将来有望な子たちだと思います。
4つの事例を並べてみると、共通する構造が見えてきます。「観察できる範囲だけで判断すると、本質を見誤る」──ここまではわかった。では、どうすればいいのか。完璧なサンプルなんて、現実には存在しないのでは?
その通りです。歪みゼロのサンプルは、原理的に不可能。実験室の外、つまり現実の世界では、「何かが欠けたデータ」しか手にできません。だからこそ、サンプリングとは、「取得データの歪みに対処し、目的に応じて、把握したい分布全体を見取るものの見方」なのです。
ポイントは、「目的に応じて」です。歪みを完全になくすのではなく、「今の目的に対して、無視していい歪みか/致命的な歪みか」を判断することが大切です。
A君のキックボードなら、目的は「故障原因の特定と、次世代モデルへの投資判断」。であれば、GPS破損の車体が抜けることは致命的です。なぜならGPSこそ、補強の検討対象だから。
繰り返しになりますが、人間はバイアスから自由にはなれません。けれど、ピンとくる感度は鍛えられます。このクイズも、これまでのクイズと、「ピンとくる対象」が違うだけです。
目の前のデータを見る前に、「ここに含まれていないのは何か?」と一拍置けるか。「沈黙しているデータ」「戻ってこなかった車体」「投稿されなかったポスト」──そこに光を当てられるかどうかが、検討力の入口になります。
データという網の目をすり抜けて、消えていったものたちに、想像力を働かせてください。本質は、いつもそこに潜んでいます。
更新:10月21日 00:05