THE21 » カルチャー&トレンド » 【プロ野球トリビア】初代ミスタータイガースを襲った不遇とは?

THE21編集部が、プロ野球のシーズン記録に関するトリビアを紹介します。
※NPB公式サイトより出典
もの干し竿と形容された長いバットを操りホームランを量産し、「初代ミスタータイガース」と呼ばれた藤村富美男。
当時の球界トップ打者だった藤村は、1949年シーズンに複数の打者指標で当時のプロ野球記録を更新した。
ところがこれらの記録はすべてその翌年に塗り替えられることになる。激動の1950年を振り返る。
前提として、50年はプロ野球全体の構造が大きく移り変わった年だ。
それまで1リーグ8球団だったのが2リーグ15球団に再編され、現在の2リーグ12球団制の原型となっている。
新規球団の参入もあり、前年と比べ対戦相手も大きく変わったであろうことが予測される。そのうえで藤村が残した記録の行く末を見ていこう。
49年に更新した3部門、すべて小鶴誠に更新されてしまった。
打点にいたっては藤村自身が新記録を出したにもかかわらず、さらにその上の数字を出される事態に。
藤村の不遇はこれに留まらない。
本来であれば得点のプロ野球記録を更新していたはずが、ここでも小鶴に阻まれる。
50年の藤村は、「自身の保持していた記録」「自分自身で更新するはずだった記録」「塗り替えるはずだった記録」のすべてを、小鶴という一人の選手に塗り替えられたことになる。
ちなみに、小鶴の「打点・塁打・得点」はいずれも、26年現在でもプロ野球記録。
日本プロ野球の節目となった50年は、小鶴が最も偉大な打者成績を残し、藤村が最も不運だった年かもしれない。
更新:10月06日 00:05