2013年05月01日 公開
2024年12月16日 更新
《『THE21』2013年5月号 特別企画「アベノミクスはどうなるのか?」より》
実体がない株価の上昇はやがて揺り戻しがくる!
アベノミクス効果によって株価が上昇し、投資家だけでなく企業も一般のビジネスマンも、「日本経済の復活がいよいよ始まった」と沸き立っている。しかし、それが「作られたバブルに過ぎない」と断言するのは、浜矩子氏だ。アベノミクスに踊らされて楽観していれば、あとで痛い目に遭うと警告する。そのように分析するのはなぜなのか。いまの日本の経済運営にどんな問題点があるのかをうかがった。<取材・構成:笠原崇寛/写真:永井浩>
アベノミクスは「アホノミクス」
メディアのみなさんは「アベノミクスで日本経済が復活した」と騒いでいますが、実に許し難い状況です。具体的にはまだ何の政策もしていないのに、作り上げられたムードに市場が踊らされている。これは「アベノミクス」ならぬ「アホノミクス」ですよ。言葉だけが先行して、実態がないまま株価が上昇し、「株を買わなければ損だ」という雰囲気が蔓延しています。円安がさらに進むのではないかと、為替取引に資金を投じる人も増えているのでは。しかしこれはバブルにすぎません。
そもそも、円安・株高になっているのはなぜか。それは安倍政権が日銀を政府の出先機関のような存在にして、金融緩和を強行できる体制にしてしまったからです。中央銀行の独立性を損なうこのやり方は、独裁国家と見紛うばかりです。
安倍政権が言うところの「三本の矢」の1つ、「金融緩和」を行なって市場にお金をジャブジャブと注ぎ込めば、円の価値は相対的に下がって円安になります。円安になれば輸出企業を中心とした株価が上がります。また、金融緩和によって金余り状況を作り出せば、一部の資金は株式市場や不動産に向かい、値段が高騰します。
また、日本の株価が上がったのは外国人投資家が買いに転じたことも大きい。アベノミクスで一儲けしようと思った彼らが、資金を振り向けてきた。こうした動きによって、円安・株高が加速したのです。
しかし、この状況は景気が回復したわけではなく、演出された一時的なものです。先日、イギリスの『エコノミスト』誌が主催した勉強会に出席したときのこと、ある外国人投資家はいまの日本経済の状況を「安倍=ABE=アセット・バブル・エコノミー」、つまりは「資産バブル経済」だと表現していました。彼らも一時的な景気浮揚に過ぎないと見抜いているのです。
そういう人たちは、煽るだけ煽って、日本の一般市民が株を買って高値になったところで、売り抜けるでしょう。そのタイミングをみ計りながら、彼らは虎視眈々と市場の動きを見ています。外国人投資家はいまの状況をそのように見ていることを忘れてはなりません。
いま給料が上がっても生活は豊かにならない?
そもそも、円安になれば日本経済はほんとうに良くなるのでしょうか? いまやグローバル・サプライチェーンが構築され、円安で恩恵を受けるといわれる輸出産業にしても、さまざまな国から資源や部品を調達しています。円安になれば当然、それらの調達コストが上がり、利益を圧迫する。実際、ガソリンなどは円安になってから国内価格が上昇しています。円安=日本経済の利益とは一概にはいえないのです。
それでも日本は、一部の人の声に押されて、金融緩和で円安に誘導する「通貨安競争」へと乗り出してしまいました。それによって一時的に円安・株高になったとしても、相手国の景気が悪化すれば輸出は減り、その影響を受けることになります。
先日のイタリアの総選挙の結果、政治が混乱するのではという予測が広がると、円が買われて円高になり、日経平均株価も値を下げました。その後のキプロスの預金封鎖をみても明らかなように、欧州の債務問題はまだくすぶり続けています。世界のどこかで問題が勃発すれば、円も日本の株価も大きな影響を受けるのです。
世界全体の実体経済が良くならなければ、早晩いまのバブルは終焉を迎えるでしょう。そこで損害を被るのは、ムードに踊らされて、株や為替に手を出してしまった人たちです。
しかもいまの状況で心配なのは、富裕層など余裕のあるお金で投資する人だけが参加しているわけではないこと。雇用が不安定ななかで、収入や貯蓄の少ない人たちが生活のために投資に参加しているというケースも多いのではないでしょうか。主婦やサラリーマンを中心とした日本の個人投資家は「ミセス・ワタナベ」の名称で海外でも有名になりましたが、その実態は優雅なものとはかぎりません。家賃の支払いに困った江戸の庶民が賭博に手を出すような「生活防衛型投機」が大きな部分を占めているのではないかと、私は見ています。
一部の企業がボーナスの増額やベースアップを発表していますが、全体で見れば働く人たちの賃金は上がることはないでしょう。いまの政権は、労働規制を緩和し、正社員を解雇しやすくするなど「雇用の弾力化」を進めようとしています。そうなれば、企業は正規雇用を減らして非正規雇用の割合を増やし、総人件費を抑える方向に動くはず。いま給料が上がっても、2、3年後にはリストラを言い渡されるかもしれない。決して喜んでばかりはいられないのです。
実態はかつてのバラマキ型公共投資
問題は、株価がバブル的に上がっていることだけではありません。安倍政権が打ち出している経済政策に成長性が感じられないことも大きな問題です。
2月に訪米した際に、安倍総理は「ジャパン・イズ・バック(日本は戻った)」という表現を用いましたが、この言葉を聞くと「復活」ではなく、「過去への後退」を目指しているように聞こえます。なぜなら、「三本の矢」の2つ目である「財政支出」は、従来型の公共事業の復活に過ぎないからです。
たしかに、それによって建設業を中心として一時的に潤う業界は出てくるでしょう。しかし、それで日本経済全体が復活することなどあり得ません。それに現在は、東日本大震災の復興需要によって、建築資材や建設業者が不足していることも考えなくてはなりません。せっかく公共投資の大風呂敷を広げても、資材不足・人手不足で工事が進まなければ、即効的な景気上昇効果すらおぼつかなくなってしまいます。同時に、三本の矢の3本目として掲げられた「成長戦略」については、いまだその具体策は見えてきません。
実体経済の回復がないまま株価や不動産などの資産が高騰すれば、必ずつけを払わなくてはならなくなります。そのときに大怪我をしないように、踊らされない冷静な判断が必要です。
(はま・のりこ)
エコノミスト/同志社大学大学院ビジネス研究科教授
1975年、一橋大学経済学部を卒業後、三菱総合研究所に入社。90年に渡英し、三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所所長兼駐在エコノミスト。 98年に帰国し、三菱総合研究所主席研究員・経済調査部長。2002 年、同志社大学大学院ビジネス研究科教授に就任。国際経済学、国際金融論が専門。
著書に『「通貨」はこれからどうなるのか』 (PHPビジネス新書)など、多数。
<今月号の読みどころ>
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更新:12月22日 00:05