2013年02月09日 公開
2022年12月08日 更新
<取材・構成:塚田有香/写真:松永卓也>
東北新幹線や山形新幹線を中心に車内販売員として乗務する斎藤泉さん。車内販売の売上げは1回の乗車当たり平均7~8万円のところ、斎藤さんはその4倍近い売上げを記銀したこともあるという。学生時代のアルバイトから20年にわたって同じ仕事を続けている彼女は、どうやって仕事の面白さをつくり出しているのだろうか。
「私がこの仕事を続けているのは、人に出会える楽しさがあるからです。お客様とのやり取りのなかで、相手の人となりや人間味が感じられたときに、仕事がとても楽しいと感じます。
もちろん、ときにはお客様からクレームをいただくこともあります。『前に乗った新幹線で、販売員にひどい対応をされた』と怒られたこともありますね。他の人がしたことで怒られるのですから楽しい気持ちにはなりませんが、そんな場合は『状況をどう改善すればよいか』を考えます。お客様のクレームには、どんな根本的な原因が隠されているかを考えてみる。たとえば、それが販売員の知識不足が問題だと気づいたら、それを改善提案として報告するのです。
ただ『こんなクレームを受けました』というだけでは、愚痴で終わってしまいますが、『この事項が周知されていないようなので、全員へ再度伝えていただければ助かります』と報告すれば、それを聞いた上司も現場の問題点を認識して、改善につながる行動を取ってくれるはず。このように、面白くないことがあっても、それをどう改善したらいいかと考えると、『現状を自分の手で変える楽しさ』がみえてくると思います」
そうした行動を取ることで、クレーム以外のミスやトラブルも、「楽しさ」につなげることが可能になるという。
「たとえば、新幹線の車内から次に停まる駅に商品補充の連絡を入れたのに、担当者が忘れてしまって商品が用意されていない、というミスが続いたことがありました。そこで『なんで忘れたんですか』と文句をいっても、あまり効果的ではありません。それで私は、商品補充の連絡を入れる際に、『あとで確認の電話を入れますから、よろしくお願いします』とひと言念を押すことにしたのです。それだけで、ミスが起こる回数は格段に減りました。つまり、どうしたら相手に動いてもらえるかを考えて、それを実行したわけです。
『不満があるから仕事がつまらない』と聞くことがありますが、私は不満をもつべきだと思っています。そうでなければ、自分で改善する楽しさは味わえません。何となく仕事をこなすのはラクかもしれませんが、決して『ラク=楽しい』ではないはず。ラクなのは、刺激がないということ。刺激がなければ、喜怒哀楽の感情も湧いてこない。感情が動かない毎日って、とてもつまらないと思うんです」
こう語る斎藤さんだが、心の底から仕事を楽しめるようになるまでは、紆余曲折があった。
「20代のころ、待遇を改善してほしくて、『実績を出せば、会社も私の声に耳を傾けてくれるだろう』と考えて、売上げを伸ばす努力をしました。自分より多く売っている販売員がいたら、話を聞いてその方法を取り入れたり、ほかの販売員が車内を3回回るところを、5回も6回も回ったり。その結果、売上げの記録を塗り替えることができて、会社にも要望を受け入れてもらうことができました。
ところがその後、心がどんどん疲れてきたのです。『売上げを伸ばすために押し売りしているのではないか』と思い始めて仕事が楽しくなくなり、辞めようかと思うまでになりました。
そこで、どうせ辞めるのなら自由にやろうと開き直って、売上げよりお客様に喜んでいただくことだけを考えました。お酒を飲んでいる方がいらしたら、以前はビールを2本、3本と勧めていたのですが、『これ以上飲んだら、帰れなくなりますよ』といって、お水を勧めたり。販売員対お客様ではなく、人対人として関わるようにしたのです。
そう心に決めた瞬間、気持ちがとても明るくなりましたし、不思議なことに売上げはさらに伸びたのです。
お客様に『この商品、おいしい?』と聞かれて、それが個人的に苦手なものだったら、私は正直に『じつは私、ちょっと苦手なんです』といってしまいます。そのうえで、『でも、甘めの味付けがお好きな方にはお勧めですよ』とお伝えすると、お客様も『正直だな』と思ってくださるようで、意外と『じゃあ、試してみようかな』と買ってくださることが多いです。『私も苦手だけど、子供はこういう味が好きだから、お土産に買っていくわ』というお客様もいらっしゃいます。
無理に押しつけていないから、ストレスはないし、お客様に喜んでいただけて、売上げも伸びる。こんな楽しい働き方があるのだとわかってからは、仕事がほんとうに面白くなりました」
こうして、自ら仕事の楽しみを創造する斎藤さんの姿は、周囲にもよい影響を与えている。
「一緒に乗務していた後輩が年配のお客様に飲み物を販売していて、窓に立て掛けてあるものに気づいたのです。尋ねると、それは亡くなった奥様の写真で、一緒に旅行をする約束が果たせなかったから、せめて風景を見せてあげたいと窓の外に向けて写真を置いていらしたんですね。
それを聞いた彼女は、『励ましの手紙を書いて渡したい』と私にいうのです。私は『きっと喜んでくださるよ』と背中を押しました。手紙を受け取ったお客様はとても感動なさったようで、なかなか離してくれなかったと聞きました。(笑)
後輩が写真に気づかず手紙を書かなくても、仕事は滞りなく進んだでしょう。でも、人として感情を働かせて、その気持ちに素直に行動すれば、普通にやっていたらあり得ないようなすばらしい出来事を起こせるのです。ふとした心の動きに敏感になって、自分にできることはないかと考えてみる。それが仕事を面白くする秘訣だと思います」
『THE21』2013年2月号[総力特集・「いい仕事」ができる人の条件]より
更新:11月22日 00:05