
仕事・ビジネスでも、キャリア・人生でも、何か意思決定をする際に自分なりの軸を持っている人は、周りに流されずに適切な判断をできることが多い。では、そうした「自分の判断軸」を持つためには、いったいどのようなことを学び、考え、体験したらいいのだろうか。
本連載では、ボストンコンサルティング グループの日本代表を長年務め、現在はリーダー教育にも携わっている御立尚資氏の考えをうかがっていく。
連載第5回の後編にあたる本稿では、「併存の時代」のリーダーに求められる6つの要素のうち、第5の要素「哲学や価値観」、第6の要素「人を説得し動かす力」「勇気とドライブ」について解説する。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年5月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。
第5の要素である「哲学や価値観」、第6の要素である「人を説得し動かす力」「勇気とドライブ」とはどんなものでしょうか。
それを知るうえで参考になるのが、探検隊のリーダーのあり方です。先が見えない探検のリーダーのあり方は、先行き不透明な現代のリーダーにも大きな示唆を与えてくれます。
中でも面白いな、と思えるのは、人類初の南極点到達を競い合ったロアール・アムンゼンとロバート・スコットです。
アムンゼンはノルウェー出身の探検家。自ら組成した探検隊を率いスポンサーを募って、何とか南極に向かいました。一方のスコットはイギリス海軍の軍人であり、国から多額の資金援助を受けた探検隊のリーダーとして南極点到達を目指しました。
スタートは共に1911年の10月。圧倒的に有利なのはスコットと見られましたが、南極点に早く到達したのは12月にたどりついたアムンゼンでした。スコットは1カ月遅れて12年1月に到達。
さらに、アムンゼンの部隊は全員が無事に生還しましたが、スコットの部隊は復路で遭難し全員が亡くなった、という悲劇的な対比でも知られています。
この2人のリーダーを分かつものは何だったのでしょうか。リーダーは目標を設定し、戦略を立てて実行していくのが役割ですが、それぞれの面から見ると2人には明らかな違いが見られました。
まず大きな違いは「目標設定」です。アムンゼンの目標は非常にシンプル。「南極点に人類で初めて到達する」ことだけでした。
それに対し、スコットはイギリスの国威発揚のために「南極点に初めて到達する」だけでなく、「南極で科学的研究の成果をあげ、イギリスの国威発揚に繋げる」という2つの目標を持っていました。そのためには、測量や科学的調査も必要なので、その専門家部隊も率いて南極を目指しました。
目標がシンプルだと判断がしやすくなりますが、目標自体が複数になると複雑性が幾何級数的に増え始め、判断が難しくなります。それがスコットの足を引っ張ったのではないか、とも言われています。
アムンゼンとスコットの違いは「戦略」にも現れています。
スコットは過去に南極探検に挑戦し、その中でいくつかの失敗体験がありました。その教訓から選んだ戦略が、様々なオプションを用意することです。移動手段として、犬ぞりだけでなく、小さな馬と、当時は最新鋭だったソリにエンジンがついた雪上車を用意しました。
一方、アムンゼンは犬ぞりだけにこだわりました。
こう聞くと、スコットのほうがうまくいきそうに思えますよね。ところが、オプションを複数用意したことが裏目に出ました。途中ですべて稼働しなくなってしまったのです。
まず馬は大量の飼い葉が必要なのでそれを運ぶ必要があり、これが探検隊の負担になりました。その苦労にもかかわらず、結局のところ馬は寒さに耐えきれなくて死んでしまいました。
一方、雪上車は、ブリザードが吹くと体感温度がマイナス50℃になるような南極ではエンジンオイルが焼きつき、1週間程度で使えなくなりました。
残ったのは従来のエスキモー犬でしたが、今度は犬もうまく使いこなせず、結果的に人力で重いソリを引くことになりました。
また当時最新鋭の食料だった缶詰を持参したものの、初期のフタを鉛で閉めるタイプだったため、復路では鉛中毒になり遭難に繋がったのではないかという説があります。
一方のアムンゼンは「犬ぞりで行って勝つしかない」と犬ぞりをとことん突き詰めていきました。96頭の犬を乗せてノルウェーを出発したのですが、エスキモー犬は寒さに強い分暑さに弱く、赤道を通過するときに衰弱し死んでしまうことが懸念されました。
そこで、すのこのような装置を置き、その下に水を流して犬が弱らないようにするなど、徹底的に犬を大事に航海しました。その結果、子犬まで産まれて、南極大陸到達時には20頭ぐらい増えていたそうです。
そうして夏の間に南極大陸に着くわけですが、そこで一冬を過ごし、次の夏の踏破を目指しました。その間、夏冬合わせて、徹底的に犬ぞりの訓練をしていたそうです。
これは含蓄がある話だと私は思います。未知の挑戦をするときには、スコットのように、色んなオプションを用意したほうが一見良さそうに思えます。しかし、オプションを持ちすぎて、一つひとつの手段を磨き切れていなかったわけです。それに対し、アムンゼンは一つの手段を磨きに磨いたわけですね。
さらに、アムンゼンは、自分たちより前に南極点を目指した人たちの日誌をすべて集めて、頭の中でシナリオを立ててシミュレーションしたそうです。彼は「完全な準備のあるところに常に勝利がある」と述べています。
一つの手段に絞ると言っても、とにかく脇目も振らずというのではありません。持っているリソースの中でどうベストを尽くすかを徹底的に考えて、準備をしたからこそ、アムンゼンは成功したというわけです。

アムンゼンとスコットの大きな違いはもう一つあります。それは、「楽観的か悲観的か」です。
遭難したあとに出てきたスコットの日誌を読むと、実はすごく悲観的なことが書かれています。途中で雪上車や馬がダメになるなどのトラブルが重なったため同情する点はあるのですが、やっと南極点に着いても、喜ぶどころか、「神よ、ここは恐ろしい土地だ...」と悲観的な発言を繰り返しているのですね。
それに対してアムンゼンはいつも楽観的な発言をしていました。背景には、本人が言うように、「もうこれ以上、自分より準備した人がいないということがわかったら、あとは楽観的になれる」と準備を徹底したこともあると思いますが、本人が意思を持って楽観的になったのだと思います。
哲学者のアランは、「楽観は意思の問題であり、悲観は気分の問題である」と述べています。要は、準備することによって、意図的に楽観的になることが非常に大事だというわけです。それを実践していたのがアムンゼンであり、その真逆がスコットだったのですね。
見えないものに立ち向かうとき、リーダーが楽観的か悲観的かは、実はものすごく重要です。リーダーが悲観的だと、メンバーも悲観的になり、100の力を持っていても、50ぐらいしか出せなくなります。それに対し、リーダーが楽観的だと、チームの力が100%発揮されるのです。
アムンゼンとスコットに関しては、ほかにも興味深い研究が行なわれています。興味のある人はぜひ様々な本などで調べてみてください。
さて、以上でリーダーとして必要な要素について見てきましたが、リーダーシップを左右するもう1つの要素として近年注目を集めているものがあります。それは「オーセンティックリーダーシップ」です。一体どのようなものなのかは次回お話ししましょう。(次回に続く)
【御立尚資(みたち・たかし)】
京都大学経営管理大学院特別教授。京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学で経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空(株)を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社。日本代表(2005~15年)、BCGグローバル経営会議メンバー(06~13年)、経済同友会副代表幹事(13~16年)などを歴任。著書に『経営思考の「補助線」』(日本経済新聞出版)、『使う力』(PHPビジネス新書)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。
更新:05月10日 00:05