THE21 » カルチャー&トレンド » 「新日本vsUWF」伝説の10.9決戦 武藤敬司の意外な心境とは?
2026年10月10日 公開

「あの試合がターニングポイントだった」。武藤敬司が、
※本稿は、Gスピリッツ編集部 著『Gスピリッツ選集 第三巻「武藤敬司」』(辰巳出版)の内容を一部抜粋・編集したものです。
ーー10月9日、東京ドームで行われたUWFインターナショナルとの全面対抗戦で髙田と対峙します。
【武藤】その年の髙田延彦戦はもう何十年も経っているのに、いまだにさ、それの取材を受けたり、Xなんかでも〝今日、10月9日は...〟とか騒がれてるよね。プロレス大賞のベストバウトでも何でもないのに、いまだに語られたりしてるんだよ。
ーーこの時の全面対抗戦は長州‐髙田のトップ会談で電撃決定し、しかもいきなり武藤vs髙田の頂上決戦が実現しました。
【武藤】やらざるを得ないよ。俺ら、サラリーマンじゃん(笑)。まあ、やっぱりプレッシャーは他の試合とは比べてもあったと思うよ。ただ、まだ少し若かったし、膝も調子は悪かったけど、それでもまだ動けていたし。
ーー例えば、プレッシャーで眠れないというようなことは?
【武藤】そんなことを言ってたら、プロレスラーは試合がいっぱいあるんだから痩せちまうよ(笑)。で、あの試合で猪木さんに怒られてるんだから、俺。入場して両手でポーズを作ったりしたら、〝何だ、ありゃ!〟って怒られてるんだよ。
猪木さんはその日の1試合目(永田裕志&石沢常光vs金原弘光&桜庭和志)みたいなガチガチしたのが好きで、ああいうのを求めたんだけど、俺も髙田さんも大人のレスラーじゃん。もしかしたら、あの試合でムーンサルトを出したのも怒ってるかもしれないよ。
ーー武藤vs髙田は団体対抗戦、しかも頂上決戦ならではの緊張感はありましたが、いわゆるギスギスした試合ではなかったですよね。
【武藤】そうそう。だって、髙田さんもプロレスラーじゃん、一流の。若い奴には、そういうのを教えていなかったかもしれないけど。
ーーあの一戦が語り草になっているのはドラゴンスクリューという古い技が試合の流れを左右するキーポイントになり、最後も古典的なプロレス技の足4の字固めで決着をつけたことにあると思います。なぜ、あのフィニッシュをチョイスしたんですか?
【武藤】若手の頃に何度か使ったことあるんだよ、ドラゴンスクリューって。あれって要は柔道の一本背負いみたいなものじゃん。俺としては得意とする回転であり、何回も反復練習している動きじゃん。だから、たぶん自信を持ってできる技だったんですよ。足4の字はリック・フレアーと何回も試合をしている中で、〝これは便利な技だな〟ってずっと思ってたんだよ。
あれは試合を構成するにあたって、非常に便利だよ。それに足4の字ってホント痛いしね。
ーーあの技は仕掛けている選手とやられて苦悶している選手の両方の顔が見えますし、反転すれば仕掛けている方が痛くなるという攻防の妙もありますよね。
【武藤】結果的にはあのドラゴンスクリューと足4の字があったからこそ、その後30年近く持ったんだよ、俺。あの技があったからこそ、試合を構成できた。膝が動かなくなっても、納得できるような感じにうまくできたんだ。
これをやれなかったのが棚橋(弘至)だよね。棚橋はチャラチャラしたイメージで、エクステンションを付けたりして美少年みたいなイメージで、動きもずっと変えないでさ。俺なんか途中から禿げたりして、ジジイなりの動きになっていっているのに、あいつは変わらないイメージをやったから苦しくなっちゃったよな、途中で。
俺なんかムーンサルトを年に1回か2回しか出さなかったよ、後半なんか。だから、95年の髙田延彦戦が俺のひとつのターニングポイントだったよね。
更新:10月11日 00:05