THE21 » カルチャー&トレンド » 闘魂三銃士の名シーンが生まれた瞬間 武藤敬司は何を思っていた?
2026年10月09日 公開

G1クライマックスでの躍進を機に、
※本稿は、Gスピリッツ編集部 著『Gスピリッツ選集 第三巻「武藤敬司」』(辰巳出版)の内容を一部抜粋・編集したものです。
ーー闘魂三銃士が大きくクローズアップされたのは、91年夏に初開催された『G1クライマックス』でした。まず公式戦では、武藤さんが藤波さんからシングル初勝利を挙げましたよね。
【武藤】しんどかったんだよ、藤波さんとの試合の時。何かで熱を出しちゃっててさ。だるくてだるくて、その中で試合をしてるから、しんどかったというのだけは憶えてるんだよ。試合をやっちまったら、もうどうでもいいんだけど、試合前は億劫で億劫で。
ーー執念の首固め3連発で勝利しましたが、武藤さんにとって藤波辰爾というレスラーはどういう存在でしたか?スペース・ローン・ウルフの凱旋帰国第1戦の相手でもありましたが。
【武藤】やっぱり新日本プロレスの昭和のストロングスタイルの基礎というか、全部を持っている人だよね。そういう部分では長州さん以上にいろんな技術というか、テクニックを持っていましたよ。
試合をまとめるのも非常に上手かったし、ガイジンとも試合ができるし。だから、WWEのホール・オブ・フェイマーになってるんだよ、たぶん。
藤波さんに勝った次の日、ベイダーにも勝ったんだよな。それでお客の投げた座布団に埋まっちゃったんだ。あれがベイダーに初勝利だったはずだよ。
ーーそして8月11日、両国国技館の最終日ではAリーグ代表の武藤さんと橋本との進出者決定戦に勝ち上がってBリーグ代表になった蝶野が優勝戦で激突しました。最後は蝶野が優勝し、橋本が2人の手を挙げて三銃士が並び立つ絵が生まれましたが、あれは新時代到来を告げる名シーンでしたよ。
【武藤】これ、1人じゃないからいいんだよね。3人いるからさ、厚みがあるよ。1人だけだと薄っぺらくて、崩れたら終わっちまうもん。あのインパクトがあって、それがいまだに続いてるんだから。
ーー3人で手を挙げて、館内が歓声で包まれた時に〝俺らの時代が来たな〟と思いました?
【武藤】思わないよ、そんなの(苦笑)。
ーーその1年後の92年8月16日、福岡国際センターで長州力に勝利し、三銃士で最初にIWGPヘビー級王者(グレーテスト18クラブ王座も奪取)になりましたが、武藤敬司ではなくグレート・ムタでの戴冠でした。それは本人の中では、どうだったのかなと。
【武藤】どっちにしろ俺だから、別にいいんだけど。俺はムタを作っておいて、本当に良かったと思って。必然的に生まれたんだけど、今でもWWEからムタのステッカーが600枚以上送られてきて、それにサインを書いて返すんだよ。グレート・ムタって顔がいくつも違うから、フィギュアにしても何個も出るんだよ。
ーーそうしたロイヤリティ収入は大きいですよね。
【武藤】馬鹿にできないよ。WWEは世界を相手に商売しているわけだから。nWoムタのフィギュアが売り切れとかさ。大きいよ、これ。
更新:10月09日 00:05