THE21 » カルチャー&トレンド » 生成AIの台頭は 人間の感性を育てるのか?潰すのか?

『「いまを生きる力」を取り戻す 感性の教室』(ダイヤモンド社)の著者で、アート教育実践家/アーティストの末永幸歩氏。自分なりの答えをつくる「アウトプット鑑賞」を解説してもらった。
ーー近年、映画などの作品を見る前に、ネットで評判や感想を調べる人が増えています。他人の意見に触れながらも、自分の感性を保つには、どうすればいいのでしょうか。
【末永】「自分だけの答えを持つ」とは、他人の意見を遮断して、自分の考えに固執することではありません。他人の意見を聞いたり、情報を得たりすることがあってもいいと思います。
ただ、その情報を見て終わるのではなく、「そのうえで、自分はどう思うのか」と考える段階が必要です。「本当にそうかな」と前提を疑ったり、視点を変えたりしながら、自分の考えを形にしていく。そして、一度つくった答えも、自分の変化に合わせて更新していく。そうした柔軟さが大切だと思います。
作品を見るときには、順序も大切です。まず情報を得る前に、作品そのものに向き合って、自分が受け取った感覚や感情に目を向けてみる。そのうえで、背景を知ったり、解説を読んだりすることは否定しません。
本書で紹介している「アウトプット鑑賞」は、そうして自分なりに作品を見て、感じたことや気づいたことを言葉にしていく方法です。
ーー最初から、自分らしい感想を言うのは難しそうです。
【末永】美術作品の鑑賞では、導入として「一言ツッコミ」を紹介しています。作品を見て、「ここが変だな」と思ったところに、一言、ツッコミを入れてみるんです。
美術館に飾られている作品には、「高価なのだろう」「素晴らしいものなのだろう」という先入観を持ちやすいですよね。その前提を、いったん崩してみるための入り口です。
何にでもツッコミを入れようという話ではありません。「素晴らしいとされているものには、素晴らしいと言わなければならない」と思わずに、違う意見を持ってもいいと気づくことが目的です。
反対に、みんなが「よくない」と言っているものなら、その評価を疑ってみることもできるでしょう。周囲の意見に流されず、自分の見方を持つためのきっかけになると思います。
ーーそこから、どのように感想を深めていけばいいのでしょうか。
【末永】まずは、「よかった」の一言でも構いません。自分が感じたことを、紙に書き出してみてください。漠然と感じているだけではなく、言葉にすることで、自分でもはっきり認識できるようになります。
そのうえで、「どこからそう思う?」と自分に問いかけます。すると、そう感じたきっかけになった場面や、作品の特徴を見つけられます。
逆に、「この場面が印象に残った」「この色が気になった」というところから始まったなら、「そこからどう感じる?」と問いかけてみる。作品の具体的な部分を手がかりに、自分の感じ方を掘り下げられるんです。
この二つの問いは、絵画だけでなく、映画やドラマを見たときにも、仕事で意見を求められたときにも使えると思います。さらに、「本当にそうかな」と考え直したり、想像力を働かせたりすることで、最初の感想を深めていくことができます。
ーー忙しくて美術館に行く余裕がない人も、日常の中で「アウトプット鑑賞」を実践できますか。
【末永】アウトプット鑑賞は、アートだけに使う方法ではありません。見た映画でも、読んだ本でも、日常の風景でも、対象にできると思います。
基本にあるのは、少し立ち止まって、時間をかけて対象に向き合うことです。気になったものを見つけたら、「いいな」「嫌だな」で終わらせず、先ほどの問いを使って考えてみる。視覚とは別の感覚を使って捉え直したら、どう感じるだろうと、見方を変えてみることもできます。
私が担当する九州大学の講義では、大学院生に美術館でアウトプット鑑賞を実践してもらい、その1週間後に、自分自身にどんな変化があったかを聞きました。
ある学生は、何度も訪れていたデパートのオブジェに初めて目が留まったそうです。以前なら、目に入っても「これは何だろう」「誰がつくったのだろう」と、答えを探していたかもしれない。でも、そのときは「自分には貝殻のように見える」「海の中の世界のようだ」と感じることができた、と話していました。
ほんの一瞬でも、既存の答えを探すのではなく、自分なりの答えをつくっていたことが、大きな変化だったそうです。
ーー想像力がはぐくまれれば、人間関係にも応用できそうです。
【末永】講義を受けた学生の中には、ビジネススクールで学ぶ社会人もいます。その一人が、職場でいざこざが起きて当事者の話を聞く立場になったとき、アウトプット鑑賞のような視点で話を聞けた気がする、と話していました。
表面的な言葉や態度だけで判断せず、そこに表れていない部分も見ようとしたそうです。対話でも、早く話を収束させて答えを出そうとするのではなく、話が広がっていくことを受け入れられた、と。
私も、それを聞いて、アウトプット鑑賞は人間関係でも実践できるのだと改めて感じました。ものの見方が変わることで、人との付き合い方にも、少し余裕が生まれるのかもしれません。
ーー末永さんご自身は、どのような場面でアウトプット鑑賞を使っていますか。
【末永】自分の子どもや、ワークショップで関わる子どもたちを見るときにも、常に使っている気がします。
アウトプット鑑賞を心がければ、一般的には疑問を持たれそうな子どもの態度や作品に対しても、「その裏には、この子なりの視点が隠れているのかもしれない」と考えるようになります。どんな感覚を働かせてこうしたのだろうと想像することで、「それも面白いな」と受け止められることが増えたんです。
ーー仕事では、効率やスピード、正解を出すことが求められます。そうした働き方と、感性を働かせることは両立するのでしょうか。
【末永】正解を素早く当てにいくことや効率を追い求めることと、感性を働かせることは、逆の方向性にあると思います。感性を働かせるには、自分なりに対象を見たり、余白の時間を持ったりすることが必要だからです。
ただ、効率化や自動化が進み、AIにできることが増える中で、改めて人間の感性に目を向ける人も増えているように感じます。
ーー文章や画像などを簡単につくれる生成AIは、人の感性にどのような影響を与えると考えていますか。
【末永】短期的には、感性を働かせる機会が減ってしまう面があると思います。
私自身も、いまやAIは欠かせません。メールの返信なども簡単にできますから。私は今、海外で暮らしているのですが、以前は英語でメールを作成するのに四苦八苦していました。ですが今はAIのおかげで自分で考えることがなくなっているように感じます。人間は、やはり楽な方に流されますよね。
一方で、長期的には、人間の感性の大切さに気づくきっかけにもなるのではないかと思っています。AIにできることが増えれば、「では、人間は何をしていくのか」という問いが生まれるからです。
そのとき、自分の身体を使って五感で感じることや、そのときどきの直感、感情、思いから自分なりの答えを生み出すことの重要性が、より高まるのではないでしょうか。AIがあるからこそ、感性の大切さが、多くの人に共有されるようになるのかもしれません。
ーー自分の感性に目を向けることが、これからの仕事にもつながっていくのですね。
【末永】そう思います。正解を素早く導き出すことが、ますますAIなどでできるようになるからこそ、「私はどう感じるのか」「どう思うのか」「何かおかしいな」といった感覚に目を向けることが必要になると思います。
もちろん、「なんとなくこう感じたから、こうだ」と結論づけるわけではありません。その感覚を出発点にして、論理的な考え方も織り交ぜながら、自分の答えをつくっていく。そうしたプロセスが、どの仕事でも必要になってくるのではないでしょうか。
更新:11月06日 00:05