何かと忙しい40~50代ビジネスパーソン。休日も仕事のことが頭から離れず、夜もしっかり眠れないという方も多いのではないだろうか。
しかし単純に「運動する」「サウナに行く」などの気分転換をすればいいわけではないらしい。自分のモードに合わせた休み方でないと、逆効果になることもあるというのだ。『THE21』2024年12月号では、心療内科医・鈴木裕介氏に「本当の休み方」を聞いた。(取材・構成:林加愛)
※本稿は、『THE21』2024年12月号特集「「脳」と「心」のトリセツ」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
「休めない」という悩みは、40~50代ビジネスパーソンの重大な課題です。そろそろ体力が落ちてくる時期でありながら、責任の重い仕事に追われ、心身はすり減るばかり。加えて、そもそもの「休み方」が適切でないケースも、しばしば見られます。
例えば、激しく疲れているときに「気晴らし」のつもりで遠出をする、といったことをしていないでしょうか。この場合、その瞬間は楽しくても、あとでさらに疲労が増大する恐れがあります。同様に、疲れを取るためにカフェインを摂る・飲みに行く・サウナに行くなどの対処も、かえって興奮度が高まり休息に入れないことがあります。
他方、「疲れて動けないが、横になっても気持ちが焦って休まらない」という方もいます。動けない自分を責めてさらに疲れる、これまた苦しい状況です。
そうした状態から抜け出す=「適切な休み方をする」には、人間の身体に備わるリズムを知ることが重要です。一定のリズムの中で、自分がどの状態にあるかを把握すれば、最適な対処法も見えてくるからです。
人体のリズムと言えば、良く知られているのが2種類の自律神経、交感神経と副交感神経です。日が昇るとともに交感神経が優位になって活動性が上がり、日が沈むとともに副交感神経優位となって活動性が下がる、という話はおそらく皆さんもご存じでしょう。
そして、慢性的なストレスによって交感神経が過剰に働き、本来活動量や覚醒度が下がるべきところでも下がらないため疲労が蓄積する、という話も聞いたことがあると思います。
しかし実は、その話は「最新」ではありません。交感神経と副交感神経の二元論だけで説明しきれないタイプのストレス反応があることが、近年わかってきているのです。それを解明したのが、精神生理学者・ポージェス博士。彼が発見した「三つ目」の状態が、適切な休み方のヒントとなります。
ポージェスによると、副交感神経は、さらに二種類に枝分かれをしています。副交感神経の8割を占める迷走神経には「背側迷走神経」と「腹側迷走神経」があり、その働きによって、心身の状態は三つのモードに分かれます。
一つ目はご存じ、交感神経優位の状態。危機に瀕したときに「戦うか、逃げるか」を判断すべく身体が緊張し、血圧上昇や脈拍増加が起こる、いわば「炎のモード」(アッパーモード)です。
二つ目は副交感神経のうち、「背側迷走神経」が優位の状態。一つ目とは対照的なダウナーモードです。血圧や脈拍が低下し、だるさ・眠気・注意力低下・無感情・無気力などの兆候が出ます。これらは、危機から自分を守るために心身の反応をフリーズさせる、「氷のモード」です。
そして三つ目が、副交感神経のうち「腹側迷走神経」が優位の状態。安心・安全を感じられるリラックスモードです。
こう並べると、一見、三つ目が「良いもの」で、炎のモードと氷のモードが「悪いもの」のようですが、そうではありません。炎と氷はいずれも、ストレスに対する防衛反応です。生活していれば必ずストレスは発生しますから、むしろ必要不可欠と言え、炎のモードと氷のモードを行き来するのが自然のリズムです。
問題となるのは、炎や氷のまま固定してしまうときです。ずっとアッパーならばいずれは疲れ果ててしまいますし、ずっとダウナーなら活動性が低下するばかりか、前述のように「動けない自分」を責めてますますストレス状態に、という悪循環に陥ってしまいます。
ちなみに現代社会は、「炎のモード」よりも「氷のモード」の疲労が蔓延しやすい時代だと考えられます。高度経済成長からバブルに至る90年代初頭までは、「競争に勝って豊かさを得る」という交感神経的な目標を、皆が共有していました。
しかし現代はそうした図式を描きづらい状況です。コミュニケーションのあり方も、明確な敵同士が争うのではなく、匿名の多数からの誹謗にさらされるようなかたちが増えています。そうした中、「戦う」ではなく「耐える・閉じる」反応も増加中。皆さんは、どちらのタイプに近いでしょうか?
いずれにせよ、必要なのはそれぞれの状態に即した対処です。モードの固定を取り外し、身体本来のリズムを取り戻すことが、「正しい休み方」の基本です。
それぞれに即した対処とは何かというと、そこには二つの考え方があります。
一つ目は「逆を目指す」、つまりアッパーならダウナー、ダウナーならアッパーへ向かわせる対処です。炎のモードなら深呼吸をしたり、静かな曲を聴いたり、部屋を暗くしたり、といったことが有効です。
氷のモードなら、運動をしたり太陽の光を浴びたりすることが、ある程度効果を発揮します。氷のモードには二通りあります。
一つは「凍りつき状態」、すなわち背側迷走神経と同時に交感神経も働いていて、緊張しつつもぐったりした疲労感覚もある、というときです。この状態のときに休養が取れれば回復は早いのですが、うまく休めないと今度は交感神経の働きが消退し、背側系のみが働く「シャットダウン」状態に入ります。
こうなると刺激を入れてももはやアクセルがかからず、再起動までに相当な休眠が必要になるのです。
もう一つの考え方は「腹側迷走神経を働かせる」方法です。腹側迷走神経は、アッパーとダウナーの神経系のバランスを取り、あるべきリズムを取り戻す役割を果たします。
交感神経系と腹側迷走神経系が共に働くと、人と冗談を交わしたりスポーツを楽しんだりするときに味わえる「遊びのモード」になります。安心・安全が確保されたうえで、適度なスリルも楽しめる感覚です。
そして、背側迷走神経系と腹側迷走神経系が共に働くと、家族や親しい友人と一緒にいるときのような「愛と親密性のモード」に入ります。落ち着いていて穏やかさを感じられる状態です。休息を得るときに、最も適した状態と言えるでしょう。
では、腹側迷走神経を働かせるには、何をすべきか。キーワードは、「ゆっくり」です。
交感神経は速い動き、背側迷走神経はフリーズに向かう神経であるのに対し、腹側迷走神経は「スローに動く」ことで、働きやすくなります。まずはゆっくりと呼吸し、ゆっくりと身体を動かすことを意識しましょう。
「ゆっくり食べる」もお勧めです。腹側系は、咀嚼や飲み込みをコントロールする神経も含まれるので、ゆっくり噛んだり、飲み込む動きで働きが促進されます。また、腹側系の神経グループは首回りにも分布していますので、首のあたりをゆっくりと左右に動かす運動はとても効果的です。
上の図のように、①椅子などにリラックスして腰掛ける、②ゆっくりと首を右(または左)に傾ける、③逆側に傾ける、という動きを、「超」がつくくらいスローに、5分くらい繰り返しましょう。ストレッチのように強く傾けず、「気持ち良い」と感じる範囲内にとどめるのがコツ。気持ちいいと感じることで、腹側が働きます。
ゆっくりと動かしながら、身体の感覚がどのように変化していくかを確かめましょう。ドキドキが鎮まる、身体が温まる、ホーッと深いひと息が出てくるなどの変化があれば、リラックスモードが戻ってきています。それは、身体や心が「本当に欲するもの(=ニーズ)」に気づくプロセスにもなります。
更新:02月01日 00:05